「だから、そこをなんとかしてくれって!」
「いえだからその…」
伊助は困っていた。目の前に居るのは面識のない上級生。
何故一年生の彼が上級生に詰め寄られなくてはならないかというと、それにはやっぱり火薬委員の仕事が関わっているのである。
火薬委員会の奮闘
この時期、多くの上級生のクラスでは火薬による試験がある。
試験の方法は様々だが、例えば生徒に決められた一定量の火薬を渡しそれを使って火器を作れという提出形式の物が多い。
さて、このような試験課題を出された生徒は懸命に火器を作るわけだが……いるのだ。製作中にうっかり火薬を駄目にしてしまったり、こっそり火薬の量を多くして成績を上げようとする困ったちゃんが。
ちなみに火薬の追加入手は認められていない。火薬を失った時点で不合格確実である。では、そんな困ったちゃんはどうするか。
もちろん、火薬委員会にすがるのである。
「たのむよぉ〜」
「ですから、僕達は勝手に火薬を出したりしちゃいけないんですよ」
伊助は本当に困っていた。火薬を欲する理由が同情できる方のパターンだけに太刀が悪い。
本当なら、なんとか助けてあげたいんだけど…僕達なんてしょっちゅう火薬駄目にしてるし…と、思ってしまうだけに追い払えないのだ。
「何してるんだよ伊助」
「あ、三郎次先輩!」
伊助は助かった、という目で三郎次を見た。それを知ってか知らずか、三郎次は上級生に目を向ける。
「何か御用ですか?」
「お前も火薬委員か?頼む、少しでいいから火薬を分けてく」
「駄目です」
「は…?」
「駄目です」
三郎次は伊助が言えなかったことを相手が全て言い終わる前に言った。
「お前、上級生が頭下げて頼んでんのに何だそれは!」
「上級生も一年も関係ないですよ。火薬委員は先生の許可なしで火薬を扱えないし試験の手助けも駄目です。だから火薬は渡せません」
淡々と言う三郎次。あまりにきっぱり言うので上級生も言葉に詰まっているようだ。
伊助にとっていつもは「意地悪な二年生」の筆頭に置かれる三郎次であるが、はっきり物を言う性格の彼はこういう時には心強い味方となる。
以前あの潮江文次郎にも臆せず自分達の手柄を話していた所を見るに、例え相手が最上級生であろうと彼の態度は変わらないのかもしれない。
それを思うと伊助は正直心強いような、恐ろしいような気持ちになるのであった。
「…やっと諦めてくれたな…」
「…疲れました」
「…確かにちょっと疲れた」
上級生の退散に安堵する二人。優しい伊助は相変わらず彼の成績を案じていたが三郎次は「自業自得だろ」と、割り切っていた。
その時、競合地域の落とし穴を飛び越えて二人の人影がやって来た。
「お〜い!遅くなってごめんな!」
「あれ?二人とも疲れた顔しちゃってどしたの?」
もうちょっと早く来て欲しかったかも、と三郎次は久々知とタカ丸の姿を見て思った。
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「そうか……今年もこの季節がやってきたか…」
二人の話を聞いて久々知はうーんと唸った。
その反応を見て伊助達はこの防衛戦が長年に渡って続けられてきたことを実感し少しげんなりとする。
「火薬委員全員でどこかに隠れちゃったらどう?そうしたらしつこく言われることもないだろうし」
タカ丸が提案するが、久々知は首を横に振る。
「それはできない。まだ真正面から交渉してくるのはまだかわいい方で……───ほら、さっそく来た」
久々知の目線の先には、木下の姿があった。
「すまんが、授業で使う予定の火薬が足りなくてな!少し出してもらえるか!?」
木下は大きな声と大きな顔で言った。見るからに急いでいるようである。
「き、木下先生!あ、はい、すぐ出します!」
「ちょっと待った」
火薬庫に向かおうとする三郎次を久々知が止めた。
その目は真っ直ぐ木下を捉えている。
「失礼ですが、先生は本当に木下先生ですか?」
「何を言う!授業があるんだ、早くしてくれ!」
「歯、ちょっとずれてますよ」
「な、何!?しっかりはめて…………」
そう言って歯に手をやって初めて、彼は完全に久々知に乗せられていたことに気づいたようだった。
「………くそっ!」
彼は木下の姿のまま捨て台詞を残して去っていった。
「……すごーい」
「さすが先輩!」
「でも、どうして木下先生が偽者だって気づいたんですか?」
後輩達からの尊敬の眼差しをちょっと照れくさそうに受けながら、久々知は「簡単だよ」といって屋外のある方向を指差した。
「さっきあそこの競合地域の落とし穴にひっかかってた。実技担当の木下先生があんな罠にひっかかるわけがない」
「「…なるほど」」
「でもびっくりした〜。まさか先生に変装してまで火薬を取りにくる人がいるなんて」
「そりゃあタカ丸先輩、ここは忍術学園ですから」
改めて忍術学園の怖さを思い知った三人と久々知は、再び話し合うことにした。
「…というわけで、俺達がここを離れるわけにはいかないんだ」
「そうか、火薬庫に誰もいなかったら…」
「そう、敵がだます必要があるのは鍵を持った事務員の小松田さんだけ。一緒に居る吉野先生や土井先生が見つけて咎めてくれればいいけど、先生達もこの時期は忙しい。あまり頼りにはできないと思う。それから、この時期を狙ってくる外からのくせ者もいるから注意しないとな」
「じゃあ…」
「見張るしかないってこと〜?」
「あ、あの合言葉とかないんですか?先生達だけが知ってる」
「うーん、それもやったことあるらしいんだけど、結局漏れてうまくいかなかったらしい」
「ええ〜」
「まぁ、問題の試験は明日だから。今日がんばればなんとかなるさ」
「がんばるって…どうやってですか?」
「まず火薬庫の近くは競合地域だ。しかも四年生の綾部がさっきの落とし穴のような罠をたっぷりしかけてくれている。悪いけどさっき目印をとっておいた。これにひっかかった奴は先生じゃない」
「なるほど。でも、それでも罠を避けれる生徒はいますよね?」
「そう、綾部の罠の精度も考えると五年生以上が相手だったら……厳しいだろうな」
五年生。しかも、それ以上?そんな先輩を見破らなくてはならないなんて。三人は顔を見合わせる。
そんな会話を交わしているうちに、また一つ黒い影が近付いてきていた。
「誰か来る!」
四人は一斉にその方向を見る。すると、土井先生──のように見える──人がひらりと罠を飛び越すのが見えた。
「罠、越されちゃいましたよ!」
伊助が慌てる。
「もしかして本物の土井先生かも?」
「あ、そうかも知れませんね」
タカ丸と三郎次が話すが、久々知はまた首を振る。
「いや──違う。あれも偽者だよ、多分」
「「ええー?」」
驚く三人に、久々知は手早く説明する。
「利き足って知ってるか?足にも手と同じように、力が入りやすい足があるんだ。そして綾部の罠は結構範囲が広い。そこを飛び越そうと思ったら、当然使いやすい利き足を使うことになる。さっきあの土井先生は左足で飛び越えていた。──土井先生の利き足は右のはずだ」
「…なるほど」
「お前本当にわかってるのか?」
三郎次が伊助をちゃかし、伊助はちゃんとわかってますよと怒った。
が、やがて
「おーみんな!管理ご苦労さん」
にこやかな表情で、土井の顔をした人物がやってきた。
「みんな疲れただろう。ここは私が見てるから、お前達はもう休憩していいぞ」
その顔で、とてもありがたい申し出をする。
「そんなことを言って、倉庫から火薬を奪う気なんでしょう!」
「こ、今度は騙されませんよ!」
三郎次と伊助が反発し、土井を引っ張って変装を破ろうとする。が、それをタカ丸と当の久々知が止める。
「ちょ、ちょっと待って二人とも!その人は…」
「多分本物の土井先生だー!」
「「え?」」
急に止まり、バランスを失った三人はそのまま尻餅をついた。
「まったく…」
「ああ、ほんとだ土井先生だ!」
「なんでだ?」
「ほら、服の足の所にしんべヱの鼻水の跡がついてます」
「じ、じゃあ、さっき利きと逆の左足で飛んでたのは?」
「ああ…さっき補習でそのしんべヱが木に登っていてな…それが失敗して落ちて来た所を受け止めきれず右足に当たって…」
「痛めたんですね」
「不運」
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「そうか、変装の見破り方を教わったのか。それは勉強になったな、伊助、三郎次、タカ丸。それとみんなご苦労さん」
「「は〜い」」
確かに今日は何かたくさん勉強してがんばった気がする、と三人は思う。
ちなみに倉庫は後は先生方で管理してくれるということで、その後ようやく火薬委員はお役御免となったのである。
「ところでタカ丸は、私が本物だと気づいていたみたいだがどうしてわかった?」
「そりゃあもちろん、髪の毛が枝毛だらけなのが見えたからですよ。カツラならもっときれいですしこんなに髪の毛が痛んでる人なんて土井先生ぐらいしか」
「悪かったなっ!」
「じゃあ、久々知先輩はなんでわかったんですか?」
「え?えーっと…」
本日二度目の後輩達からの熱い眼差しを受けて久々知が出した答えは。
「…なんとなく」
「「なんとなく?」」
「ははは、平助のように見破るのに慣れてくると「なんとなく」で分かるようになるものなんだ。理由は後からでも付いてくる」
「「…へえー」」
「確か平助と雷蔵は変装を見破るのが得意だったな」
あれ…?久々知先輩と不破先輩…?
三人は気付いた。
「あの、もしかして先輩が変装見破るの得意なのって…」
「……ああ。一年同室になってみろ。誰だって嫌でも身に付くから」
笑いに包まれる倉庫前に、ここは三郎に感謝する所なのかな、と久々知は空を仰いだ。
あとがき
火薬委員会シリーズ?も第三弾。火薬委員会は話が長くなりますね。今回特に。ネタのつめこみすぎ感が否めない…。
火薬委員会はいいですね。癒されます。あいらぶ火薬。
知略で戦う火薬委員ズもとい久々知が書きたかったのです。そういえば久々知、ちゃんとキャラが掴めてるのだろうか…しかし偽者ぽい気が…(汗)
土井先生の利き足うんぬんはちゃんと確認してないのでごめんなさい…(逃走)