久々知が、火薬庫を離れていなければ。
伊助が、久々知に忘れず納品書を渡していれば。
タカ丸が、自分達だけでなんとかしようと言わなければ。
三郎次が、壷を数え間違えていなければ。
そして、あの時慌てずに誰かが納品書を保管していれば。
ああ、一つ一つの過失はこんなにも小さいのに。

 


 

火薬委員会の過失 後編

 

 

 

「納品書を無くしただとぉ!!?」
「「……………。…すみません…」」

ぐうの音も出ない、とはまさにこのことだった。
あの後、三人は必死で辺りを捜し回った。しかし結局納品書は見つからない。
とりあえず納品書を提出できないことを会計委員会に伝えなければということで、全員怒鳴られる覚悟で会計室に来て文次郎に話している。

「バカタレがっ!!あれがどれだけ大切だと思ってやがるっ!そろいもそろって情けねぇ何をやってたんだお前らは!!?」

期待を裏切らない文次郎の大声に、三人はただ座ったままうつむくだけ。
本当に何をやっていたんだろう自分達は。と三者三様に考えてみるが答えは出ない。

「「…………………すみません」」

伊助などはもうべそをかいている。それを見て少し怒る気が失せたのか怒鳴っても無駄だとわかったのか、文次郎はため息をついた。

「………平助はどうした」
「実技の試験が終わった所でしたから…俺が後を引き受けると言って…今は休んでいると思います」
「ふん」

それでこの様か、という文次郎の内心が聞こえるようで三郎次は歯噛みした。
その時。

「あ、あの…?俺の後輩達が何かしたんでしょうか?」

困惑した表情で会計室に入ってきたのは、久々知平助その人だった。

 

 


 

「……そう、だったのか……」

事の顛末を聞いてどこか悲しそうな、悔しそうな表情をする久々知。おそらく自分が後を任せて去ってしまったことへの責任を感じているのだろう。
それは先程の文次郎の怒声より、後を任せられた三人にはこたえるものだった。

「あの、あのっ…その、なんとかなりませんか?」
「伊助…」
「そうですよ。お…僕、あれに書いてあった数字なら覚えてます!在庫が合ったって確認できればいいんじゃないですか?たかが紙一枚じゃないですか!」
「たかがだとっ!?何でもごめんで済むと思うな!」
「……ごめんで済まないなら、どうすればいいんですかっ!?」

タカ丸がキッと文次郎を見据える。

「すみません潮江先輩!タカ丸っあれは…紙一枚じゃ済まないんだ…!」
「え……?」

まさか久々知に反論されると思ってはいなかったタカ丸は驚く。

「それだけじゃ済まないって…どういうことですか?」
「…………。お前らは…知っておいた方がいいかもな。それとタカ丸。同い年に敬語はよせ」
「あっ…わかった」

文次郎は周りに気配がないことを確かめ、誰にも言うなと念を押した上で話し始めた。

 

「お前らは、どうしてこの忍術学園が安全だと思う?」
「「え?」」

思わぬ質問をされ、三人は当惑した。

「ドクタケの野郎を始め、学園長及び忍術学園を邪魔に思っている奴らは少なからずいる。いくら忍者の学校とはいえ、基本的に忍者は戦闘員じゃねえ。一気に兵を挙げて攻められたら残念ながらひとたまりもねえだろう。なのに、向こうがそうしてこないのは何故だと思う?」
「えっ…?」

そんなこと今まで考えたことが無かった。伊助は頭を抱えて考える。
すると隣の三郎次が静かに答えた。

「……同盟、ですね」
「そうだ。学園長には多くの情報網や、古い忍者仲間がいる。それを利用してここ近辺の城の城主と同盟を結ぶ。するとどうなる?仮にドクタケが学園に攻め込んできたとしても、すぐにそこらじゅうから援軍が駆けつけることになる。学園を落とすのは無理だ。それにまた多くの城を敵に回すことになるな」

落とすって城じゃああるまいし、と思いつつも三郎次と伊助は文次郎の話に聞き入っていた。タカ丸もなんとか話題についていっている。

「だがそれもタダでってわけにはいかねぇ。学園はその代わり各地の情報や卒業生の就職斡旋…場合によっちゃ援軍だって出す。学園はこの辺の城にとって貴重な存在なんだ。学園の運営費だって一部はそういう城からの援助で成り立ってる」

どんどん大きくなってゆく話に耐えられなくなったのか、タカ丸が質問する。

「………う、うん…先輩、忍術学園が思ってたよりすごいとこなのはわかったけどさ、それとあの納品書とどういう関係があるわけ?」
「学園が城と同盟を結ぶ上でもう一つ出さなきゃならない物…それが忍術学園の内部情報なんだ」
「「?」」

久々知が代わりに答えたが、三人には難しかったようだ。

「つまりだ。今年はどこの城からどれだけ貰い、入学金はいくら、武器弾薬をどこからどれだけ買い…ああもう面倒くせえ。そういうのを全部証明書つきで見せねえといけないんだよ。それを管理するのが会計委員会の本当の仕事だ」
「ど、どうしてそんなことを…」
「考えてみろ。この辺のどっかの城の一つが莫大な援助金を出して学園と結託、学園が嘘の情報を他の城に回して全滅させる……考えられないことじゃねえ」
「そんな…!同盟してるのに、信じてもらえないんですか?」

伊助が思わず発した言葉に、久々知は小さくうなずいた。

「…それが戦国なんだよ」

 

 

「じゃあ、俺達が無くした納品書は…」
「そうだ。それに必要だったんだよ」
「……そんな…知らなかった…」

伊助が青ざめる。

「……確かにそれの重要度を知らせてなかったのはこっちの落ち度だ、すまねえ。だがあまりこの話が広がると…」

文次郎の言葉を久々知が繋ぐ。

「もしもうっかりこのことがドクタケとかに伝わったら…奴らは学園の信用を落とすため、戦力を知るために会計委員会を襲うだろうからな」
「そう!そういう万が一の時に備え我々会計委員会は常日ごろから鍛錬を行い、戦う会計委員会として対処できるようにしているのだっ!!」
「おー!」
「おおー!」

そう叫ぶ文次郎に感動する伊助とタカ丸。
無理もない。いつもギンギンとか言って壁に頭をぶつけていた先輩が、実は学園の安全をその双肩に担っていたのだから。
しかし。

「…その鍛錬でヘトヘトになってるところを襲われたら意味ないんじゃないですか?」
「…………………」


三郎次のツッコミは容赦がなかった。

 

 


「…そういえば答えてなかったな」
「へ?」
「さっき「ごめんで済まないならどうすればいい」って聞いただろ」
「あ、うん」
「取れる行動は限られてる。必死にあがいて急いで納品書を見つける。もしくは腹括って謝りに行く」
「は、腹括ってって…」

文次郎が言うとなんだか洒落にならないから不思議だ。

「それと、言い訳することだな」

その言葉の主──新たな訪問者に、視線が集中する。

「「土井先生!」」
「遅くなったな、みんな」

 

 

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「お前達が何かを必死で探していたと聞いたから、もしやと思ったんだ」
「そうですか…」
「ごめんなさい土井先生…」
「伊助、今はこれからどうするかが先だ。あれを直接渡しに行かなかった私にも責任があるしな」

これからどうするか。それが問題だ。ただやはり文次郎が先程言ったように、取れる行動は限られているのだろう。
さて、と前置きしてから土井は話し始めた。

「さっきあの時間にあの辺りを通っていたと思われる人たちに話を聞いてみたんだ。すると小松田くんが…」
「小松田さんが!?」
「なんだか難しそうな紙が落ちていたので拾った、と」
「そ、それって…」

土井はうなづいた。

「おそらく納品書だろう」
「それから小松田さんはどうしたんですか?」
「小松田くんはちょうど焚き火でイモを焼いていたところだったらしく…」
「「も、燃やしちゃったんですか!!?」」
「いや、その紙でイモを包んで食べたらしい」
「………………」

おそらく、今納品書が存在するとすれば炭だらけになっているのだろう。
恐る恐る久々知が尋ねる。

「そ、それからどうなったんですか?」
「小松田くんがイモを食べていると、その匂いにつられて乱きりしんの三人組がやってきた」

その言葉を聞いて、伊助が何かを思いついたように叫んだ。

「………そうか、便所だ!」
「べ、便所ぉ?」
「その通り。きり丸はたとえイモを包んだ紙でも無駄にはしない。便所紙として、どこかの便所に置いたはずだ。ただ、どこの便所に置いたかまではわからない」

それを聞いて、久々知が慌てる。

「い、急いで便所を探すんだ!誰かに使われないうちに!」
「は、はいっ!」
「で、でも、もしもう誰かに使われちゃってたらどうするの?」

慌てるタカ丸に、しかし土井はいつもの余裕で答えた。

「そうだな、その時は………みんなで言い訳しちゃおう」
「言い訳、ですか」

文次郎が少し不満そうに言い返す。しかし土井は動じることなく肯定した。

「そうだ。この場合学園が信用を落とすことも近辺の城が学園を疑うことも、どちらにとっても長い目で見て利益にならない。嘘や言い訳が大切な時もあるんだ。…もちろん、そこがお前の良い所なんだがな、文次郎」
「…………………」

では早く便所を探しに行こう、と話し合う火薬委員会を見て、じっと黙っていた文次郎が口を開いた。

「……会計委員会も手伝おう」
「えっ!?」
「……お前らだけじゃ人手が足らねえだろ。便所紙だけに自分の尻ぐらい自分で拭け、と言いたいところだがあれがないと困るのは俺も同じだからな」
「…先輩、おっしゃってることはありがたいのですがそのシャレは微妙に寒いと思います」
「……うるさいわお前はっ!」

三郎次のツッコミは今日も冴えている。

 

 

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その後。会計委員会協力のもと、学園の便所が捜索された。
しかし納品書は見つからない。もうほとんどの便所は探したはずなのに。
もう駄目かという雰囲気が漂い始めていたその時。

「あ、ああ、ああああああ……」
「どっどうしたタカ丸!」
「先輩、どうしたんで…」

奇声を発するタカ丸の手には。

「ああ、あ…」
「ああ…」
「あ…」

 

 

「「あったあーーーーー!!!」」

 

 

 

その後会計委員会には、炭と汗と涙でぐしゃぐしゃになった納品書が提出されたという。

 

 

 

 

 

 

 

 


あとがき

長かったですね…(当社比)。火薬委員を書く度に変な設定が追加されてゆく…。忍術学園の資金体系ってどうなってるんだろう?と考えてみました。
うちの文次郎は恋愛方面ではなかなかかっこよくなれないのですがこの手の話には強いです(ファンの方すみません:笑)。
会計委員会の後輩達が文次郎を慕うのはそんな文次郎を知っているからってことで。
あと火薬委員会での土井先生は最強です(笑)。
この久々知はなんだか世の中の厳しさを知ってそうな感じですが、実は最近知ったばかりです(えぇ)。
あと、なぜかタカ丸が意外に数字に強いという謎の設定ができてしまいました……(笑)