春だった。
というわけで予算会議だった。

 

 

 

 

 

火薬委員会の休息

 

 

 

 

 

「会計委員会がまた各委員会の予算を減らしたらしいぞっ!」
「一学期にかかる必要予算を書いた紙を作ってくれ!俺も手伝うから急ぐんだー!」
「…………戦だ」
「みんな、武器だ!何か投げられる武器を用意しろー!ボールでもいいぞー」
「マッチ箱!マッチ箱集めて!あ、足りなかったら開封済のでもいいよ!」
「…綾部。罠其の四十四を会計室に設置」
「………お前ら。生き残る覚悟はあるな?」

学園の各委員会はまさに上を下への大騒ぎ。さてそんな中、火薬委員会はどうしているのか。

 

 

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「…………ふう」

久々知の溜息が、萌黄色の水面を揺らした。

「一仕事終えた後のお茶は美味しいですねぇ」
「年寄りみたいなこと言ってるな、伊助」
「このお団子もすごくおいしい〜」

火薬委員会は、お茶を飲みながら団子を食べていた。

なぜ彼らがこんなにも呑気なのかというと、それは火薬委員会が予算会議に出る必要が無いからである。
学園の予算の中で各委員会が使用する備品類は会計委員会の判断や予算会議の結果で多少変動することがあるが、火薬委員会の予算はその活動内容や扱う物が物だけに毎回既に予算枠が決められているのだ。
つまり、どれだけ全体予算が少なかろうと会計委員長の機嫌が悪かろうと、予算を下げられる心配が無いということである。
そしてこの辺が、他の委員会や会計委員会に理不尽な恨みを持たれる所以でもあるのだが。
こうして予算会議に出る必要のない火薬委員達は、いつも通りの火薬の在庫確認を済ませた後右往左往する他委員達を尻目に食堂でお茶を飲んでいるというわけである。

「それにしても、みんな大変そうですね…。僕達ほんとにこんな所でのんびりしてていいんでしょうか?」

火薬委員でおやつを食べながら談笑という状況に慣れないのか、伊助が遠慮がちに尋ねた。

「いつもしっかりやってるんだからたまにはいいだろ」
「そうそう!せっかくの休みなんだから気にすることないって」

全く意に介さないといった風情の二人に、久々知は少し苦笑しながら答える。

「…まあ、予算のことを気にしなくていいっていうのはいわば火薬委員会の特権だからな」
「特権…」
「特権かぁ…いーい言葉だよね…」

タカ丸がしみじみとつぶやき、しばしその響きに全員が酔いしれた。が、ふと不安そうに久々知がうつむく。

「いや、でも…確かに伊助の言う通りこんなところでのんびりしているのはまずいかもしれない…」
「どういう意味ですか?久々知先輩」

そう三郎次が聞いたその時。廊下を誰かが走ってくる音がした。学園の生徒だ。おそらく予算会議の騒ぎで走り回っているところなのだろう。
そう、そこまではよかった。
そこまではよかったのだが、彼は食堂に集まっている火薬委員達と目が合うと実に冷ややかな視線をよこしてまた走り去っていったのだ。

「「…………………」」

食堂に沈黙が降りる。言われなくたって全員がわかっていた。今、彼の目に自分達がどう映ったのかぐらい。
そのことについて誰かが何か発言する前に、また別の生徒二人が通りかかった。とっさに久々知達は視線が合わないようにうつむいてしまう。

「(…おい、見ろよ。あそこにいるの火薬委員会だろ?ヒマそうだなー)」
「(ほんと、楽な委員会はいいよなー。っていうか、火薬委員会って元々何してるんだ?仕事あるのか?)」
「(さあ?)」

二人が去った後、久々知が穏やかな声で言った。

「…みんな。場所、変えようか」

 

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久々知は、黙って先頭を歩いていた。タカ丸は時折何か思案しながら、とりとめのないことを喋っていた。三郎次と伊助は、ただ久々知に付いて行っていた。

「先輩、どこに行くんですか」

タカ丸だけが一方的に話し続ける中、それをさえぎって三郎次が久々知に話しかけた。

「ん…さあ、どこにしようかな」

いつも通りの久々知の声が癇に障ったのか、三郎次は言葉に含ませた棘を隠さずに切り出す。

「これって、逃げてるみたいですね」
「まあ、そうなるかもな」

はぐらかすような久々知の言葉に一瞬何か言いたそうな表情を見せた三郎次だったが、彼の喉元まで出掛かった言葉は爆発の機会を見失いゆるゆるとしぼんでいった。

「…あのな、三郎次。誰だって自分達が大変な時にすぐ近くで似たような立場の奴がゆっくり休んでたら腹が立つだろ?」

そう言ってあくまでも穏やかに諭す久々知。それに反論する者も肯定する者もいない。結果喋る者がいなくなる。
最初のものよりも色を濃くした沈黙を破ったのは、やはりこの男だった。

 

「みんな、お花見行こ!!」

 

「「え?」」
「…お、おはなみって…今からですか?」

あまりに唐突な提案とその言葉が一瞬にして空気を変えたことの両方に驚きつつ、伊助が口を開いた。

「そお!もっちろん!」
「ちょっと待てタカ丸。花見といってももう時期的に桜は散って…というか何を突然…」
「細かいことは気にしないの!あ、せっかくだから食べ物持っていこうか。まあ付いてきてよ!」

 

 

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「わあ…」
「これは…」
「どう!ここ、いいでしょ」

学園の敷地内の一角。長屋の壁が四方を囲んでいる。
まるで閉じ込められた空間のようなそこに、はらはらと花弁を散らす八重咲きの桜があった。
元々は中庭にする予定だったのかもしれない。しかし何かを間違えたのかそれとも桜が後から生えてきたのか。
外側からこの空間に通じる道はなく、それぞれの部屋には窓もない。
白い壁にくっきりと浮かび上がる薄紅は、遠目で見ればまるで描きかけの絵画のようである。

「でも、どうして今頃…」
「この桜は他のと違って少し遅く咲くみたい。床下をくぐらなきゃ来れないのが困ったとこだけどさ…」
「五年間も学園にいるっていうのに、知らなかったな…」
「そういえば、タカ丸先輩はどうしてここを?」
「それがね、しゅうさ…小松田さんに教えてもらったんだ。最近見つけたんだってー。内緒だよ?」

会話をしながらも、四人は同じ方向を向いていた。

 

「こんなに近くてきれいなのに、今まで誰にも見てもらえなかったんだ…」

伊助がつぶやいた。

 

 

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というわけで、急遽「火薬委員会お疲れ様今学期もがんばろうお花見会」がささやかに開かれることとなった。

これは火薬委員会の休息。

誰も知らない彼らだけの休息。

 

「きれいですね…」
「ああ…そうだな」

時折湿気を含まない暖かな風が辺りを撫ぜ、その度に桜はいっそう多く花弁を散らす。
三郎次もやっと機嫌を取り戻したのか、食べながらぼんやりと空と桜を見上げていた。

「あの大騒ぎが嘘みたいにのどかだねー…」
「そういえば予算会議…今頃どうなってるんでしょうね」
「そうだねー。もんじろー先輩生きてるかな?」
「ああ、予算会議に出る必要のない委員会で本当に良かった…」

あまり荒事には巻き込まれたくない久々知は安堵の溜息をつく。
それを見た伊助は以前から思っていたことを口に出した。

「そういえば久々知先輩、上級生とのこういう会議の時いつも大変そうですよね」
「そ、そうか伊助?」
「はい。なんだか直前はいつも深呼吸したりしてますし」
「なっ…!?」
「ああそうそう!会議終わった後も微妙に息上がってるし!あれ気のせいじゃなかったの?」
「そういえば俺も「こう言われたらこう返す!」って題名の書き取りを見つけたことありますが、あれもやっぱり…」
「………。…あのな。上級生を相手に口論もすることもあるんだぞ、誰だって少しは緊張するだろ。タカ丸と三郎次は一回俺の代わりに出たことあるからわかるだろ?」

二人はしばし考え込む。

「別に何も考えてなかったと思う」
「…俺も特に緊張とかは」

沈黙。本日三度目。

「…あ、あの、僕なら絶対間違いなく緊張すると思いますよ。それにほら、タカ丸先輩はやっぱり年上なんですねーすごいなー」
「……伊助、ありがとうな。タカ丸と三郎次、お前達が火薬委員会にいてくれて本っ当に良かったよ…」
「わーい。褒められたー」
「多分褒められてません。それにしても、やっぱり先輩会議の準備一人でやってたんですね。そんなことしてると胃が土井先生ですよ?」
「…三郎次先輩。その表現やめてもらえますか」
「ああ…まあ。でもそりゃ上級生だし」

久々知の人知れぬ苦労は、立場的に三人には実感することができない。
それでも、ちゃんと皆知っているということ。少しなら手伝ってあげられるということ。
そして、だからもっと頼ってもいいということ。
三人は、それを久々知に知っていて欲しいと思っていた。

「大体さ、久々知先輩はもっと──」

少し怒ったようにタカ丸が言いかけた時。

「おおーい!火薬委員ー?どこだー?」
「土井先生の声ですね」
「よし、声のする方向と反対側から出て回ろう」

 

 

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「こんなところにいたか!大変だ。諸々の不備で火薬委員会の予算枠が間違って少なくなっていたらしい」
「え、えええ!?」
「そんな!」
「「?」」
「うーん、私が行ってやりたいのは山々なんだが…私も急いで商人に確認を取りにいかなくてはならないんだ…すまんな、事務には話を通してあるんだが」
「あ、あの…話が見えないんですが…」

久々知は伊助の肩にポンと手を置いて説明する。

「あのな、全体予算から火薬委員会の予算を引いた上で他の委員会の予算が決まるよな」
「はい」
「で、今その予算会議の真っ最中だよな」
「はい…。…あ」
「ああなるほど!つまりおれ達は、今から予算会議に行って「は〜いちょーっとごめんよーなんかねーちょっとした手違いで火薬の予算少なくなってたんだってーその分君達の予算少なくなるけど修正しといてねーあーそうそうこれ決定事項だからーそれじゃー会議がんばってねー」って言えばいいんですね!」
「…まあ…な…」
「い、伊助!しっかりしろ!」
「久々知先輩、どうする?まさか一人で行くとは言わないよねー?」
「俺は行っても構いませんが」
「…て、手伝いくらいしかできませんが…」

久々知は後輩達を見、そして少しの間考えた。

「……わかった。でもその前に、前学期に余った分の火器を用意しておこう。それから、小松田さんと連絡を取って協力してもらう」

久々知にしては大胆な提案に、三人はそれぞれ違った表情で答える。
ただ同じなのは、いつでも一生懸命になれるという瞳。

 

 

 

「…………じゃ、やるか」
「「は〜い」」










 

 

 

 

 

 

 


あとがき

Bzの「ケムリの世界」を聞いていたら突然浮かんだ火薬シリーズももうこれで六話目。この曲今でも何故か火薬のテーマソングです(笑)
あんまり深く考えずに書いたらこんなことに。今回は休息っていうことで。土井先生をもっと出したかった。

なんだか委員長をきれいに無視してますがそこはまあ…(汗)
久々知はやる時はやるけど普段はちょっと小心者だといいと思うのですが(笑)あと伊助ちゃんはフォローの達人です(笑)