しとしとと、ぼつぼつと。
雨が降っていた。
そんな中、人気のない校庭に立ち尽くす後姿が一つ。
その長い髪が濡れることも厭わないで。
その幻想的とも言える光景。普段美しさについてなど考えない自分が一瞬はっとしてしまうほどに。
そして思う。

 

 

 

 

────で、なんでここにいるのが俺なんだ?

 

 

 

 

 

喰えないもの

 

 


 

 

事の原因は…何だったのか知らないし、別に知りたくもない。
ただ部屋に帰ってきたら、あろうことかそこで伊作と仙蔵が何かもめていた、というだけの話だ。
いや「もめていた」という表現は正しくない。あれはおそらくそう…いわゆる痴話げんか、の派手なやつ。
そして派手と言っても別に取っ組み合いや死屍累々の有様になっているわけでもない。ただ空気が悪いだけ。恐ろしいほど。
そして悲しいことに俺はその空気を感じ読めないほど丈夫な神経をしていなかったというわけだ。小平太などがその場にいなかったことが悔やまれる。

「やあ文次郎。何か聞いた?」

俺が入るなり伊作はと笑顔で俺をまっすぐ見て聞いた。
やあ、じゃねえだろう。何だこの空気は。何か聞いた?って、そんな聞き方じゃたとえ聞いてても反射的に首を振りそうだ。いや、実際何も聞いてないが。

「い」
「外に出てくる」

俺がちゃんと答え終わる前に仙蔵が突然立ち上がり、部屋の戸を開けて出て行った。……今外は結構な雨なのだが。

「……………………」
「……………………」

残ったのは俺と伊作と気まずい空気。今日は厄日か。
黙っているのも限界だったので、俺から切り出すことにした。

「あー。お前ら何があったか知らねぇが…」
「我儘なんだよ仙蔵が」

いきなり切り返される。こっちの言い出すことを一瞬にして先読みされたようだ。
はいそうですねその通りですと言ってしまいそうな所を精一杯の力を使って言葉を考える。

──あいつが我儘?そんなこと今に始まったことじゃねぇ。その点ではそれはその通りだ。
…でも、俺の知っている仙蔵のそれと、伊作の言うことは違った意味を持っているはずだ。つまりそれは、二人の関係とか感情特有のもののはずで──

「…好きだからだろ」

自然と口が動いていた。伊作が少し首を動かす。
好きだから。だからこいつらは喧嘩する。俺にはよくわからないが多分そうなのだろう。
そして俺は知っている。仙蔵は、あいつ自身が思うよりも伊作が好きだ。
知っている。は組が危険な実習に行っている時は僅かにキレが鈍ることも、たまに夜中に眠れなくてぼんやりしていることも。
そして帰ってきた伊作を遠くで見つけて、でも素直におかえりが言えないことも。

それを伊作に教えることを何故か惜しいと思う、この気持ちは何なんだ?でも今は、出し惜しみしてる場合じゃねぇ。
俺は今考えたことを伊作に伝えて、雨の中に飛び込んだ。

 

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「よお」

やっとのことで考えた声をかけるための言葉がそれだった。

「文次郎か。何だ?」
「何だじゃねぇだろう!お前を…」

言葉が詰まった。俺はこいつをどうしたいんだ?

「すまないな」

何故か謝られた。ああ、調子が狂う。何かが違う。そんな思いが、俺の中で渦を巻いて言葉になった。

「……あのなぁ、俺はお前がそんなんだと迷惑なんだよ!今伊作に言ってきた。お前は伊作が心底好きだ、ってな!ほらどうした、いつものように焙烙火矢投げてみやがれ!お前もいつまでもつまんねぇ意地張ってねぇでさっさと反省でも接吻でも何でもして元に戻れ!」
「文次郎…」

「そうだね。ごめん、仙蔵」

伊作だった。傘も差さずに立っている。

「伊作…」

どうやら俺の出番は終わりか。俺は伊作に場所を譲る。

「ごめん、文次郎の言うとおりだった」
「……私こそ…悪かった」

邪魔者は退散することにして、俺は二人に背を向けた。まったく世話の焼ける…。

「知らなかったよ。僕も会えない時は仙蔵を…」
「いさ…ん……ふっ…」

!!?!?
二人から背を向けて離れつつあった俺の足は止まってしまった。
突然止まった会話。沈黙の間に途切れ途切れに入る声。
今振り向けば……そこには何があるのか。頭ではわかる。さすがにそこまで子供じゃねぇ。
しかしそれは同時にあの仙蔵と伊作でもある。そこまで思考が追いつかない。
見ちゃいけねぇ。見るべきじゃない。だめだだめだ…!

 

しかし、勝手に振り向いてしまう体を止めることはできず。

 

 

 

 

 

ちゅどーーーーーん!!

 

 

 

雨でも湿らない仙蔵特製焙烙火矢が俺に向かって飛んできたのはその直後。

こうして、犬も喰わないなんとやらと焙烙火矢を同時に一気食いしてしまった俺だった。




















あとがき

伊仙が書けないよー!助けてシオエモン!……で書いた文次郎受難シリーズ第二段(笑)伊仙でリク頂いたのに遅くなった上に文次郎出しゃばりすぎですみません…!(謝)
えーと今のとこ仙←文のつもりはありません(ぺこり)大切な人ではありますが。それにしても不憫文次郎。

伊作と仙蔵の喧嘩を書きたかったのです。険悪な感じが表現…できて…ない(汗)
仙蔵は伊作がいなくても平気なふりして実は平気じゃないといいよ。


伊仙でリクエストの方のみ宜しければお持ち帰りください。