領域侵犯
そうそれは仙蔵らしいといえば余りにも仙蔵らしい、理不尽な程に唐突な言葉だった。
「文次郎、私と同衾してみないか」
「……………は?」
夜の長屋。鍛錬が終わって帰ってみると仙蔵も珍しくまだ起きていて、さあ夜明けは近いがとりあえず寝るかと思っていた時。
文次郎の思考回路がぎこちなく回る。どうきん、ああ…あれ。
いやしかし文脈的に──実際は文脈など初めから存在しないほど唐突な言葉だったのだが──この状況から考えて明らかによくある聞き間違いの類である。と文次郎は判断した。
「ああすまねえ仙蔵、よく聞こえなかったんだが?」
「なんだ、頭の次は耳まで悪くなったか。「私と同衾してみないか」と言ったんだ」
仙蔵は即答した。一方文次郎は無意識のうちに座り込んだまま仙蔵から後ずさっていた。
「………。あ、ああ、そうか、罰ゲームか。お前伊作と何か賭けて負けたんだろ?」
仙蔵は深々と溜息をつき、そして普段と何の変わりもない声で話し出した。
「常々忍者馬鹿だとは思っていたが…。なら皆まで説明してやる。私がこう言っているのは罰ゲームだからでもなく気が触れたからでもなければ布団が足りないからでもないわ。お前と寝たい、ただそれだけだ」
「なっ…ななななななねっねねねね」
「奇声を出すな。それとも「寝る」まで具体的に言ってやらんとわからんか?」
軽く笑って仙蔵は先程開いた若干の距離を埋めるように文次郎に詰め寄った。
それに対して文次郎はまた座ったまま体を後ろに動かそうとしたのだが壁に背中が密着するだけだった。
「…そっ、そそれくらいわかるわ!でもおかしい、おかしいだろうが!どうして俺とお前がっ…」
「…かわいいな」
仙蔵は質問に答えることなく、怯える文次郎を見た感想を返した。
「…っ…そういう問題じゃねえっ!」
本来ならかわいいと言われた事に対しても反論はてんこ盛りなのだが、そんなことを気にしている余裕が逃げ場のない文次郎にあるはずもなかった。
そう言われた仙蔵は、戦々恐々としている文次郎をもう一度観察した。
「………。…駄目か?」
「駄目に決まってんだろうがあああぁ!!」
しばしの沈黙の後、先程に比べればやや遠慮気味に尋ねた仙蔵に文次郎は現在が明け方だということを忘れて絶叫した。
「…ふーん」
文次郎の必死の叫びに対し仙蔵の声は冷ややかな程落ち着いていた。
「では、寝るとするか」
「へっ……?」
そう言うと仙蔵はすたすたと自分の場所まで戻り、ぱたんと布団を被り横向きに寝た。
「…………」
そしてその後には──別に仙蔵は部屋から出て行ったわけではないのだが──呆然とした文次郎だけが残された。
しばしそのまま時が流れた。反対側を向いて寝ている仙蔵の顔がどんなものなのかは今の文次郎にはわからない。
「文次郎」
「ひっ!?」
「寝ないのか?」
「…寝れるか!こっ…こんな状況で!」
文次郎は思わず本音で答えてしまう。
「共寝は駄目なんだろう?だから辞めたまでだ。それとも──私なら強引にしてくれるだろうと期待でもしていたのか」
──期待でもしていたのか。
違う、と。何故かその言葉が出てこなくて。
数秒後、奇声を発しながら文次郎は部屋の外に飛び出していった。
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伊作が不機嫌そうに仙蔵に尋ねる。
「ねえ仙蔵、最近の文次郎前より目の隈が濃い上に肉食獣に怯える草食獣みたいで一段とうざいんだけど…一体何したの?」
仙蔵は冷静に答える。
「さあな」
あれから文次郎は、仙蔵のことばかり考えている。
あとがき
友人からのリクを受けて。突発仙文です(笑)。その他カプゾーンが混沌としてきてますねすみません…!(汗)
このネタは仙文じゃないとできないと思うんですよ。仙蔵様は策士です。