あいつの全てが俺をこんなにも狂わせる
ただそれを表には出してやらない
そんなとても小さな意地だけを残して
ただ忍び想い続ける
叶わない想いを
忍ぶれど
「ちょーじー」
「小平太…」
「…これさー、何?」
図書館の隅に居た長次を見つけた小平太は、先程からその大きな目をさらに見開いて長次の後ろから本を覗き込んでいる。
が、どうもそこに書かれている文字は小平太にとって難解極まるものだったらしい。
元々ろくに本も読まないのだから当然と言えば当然なのだが。
「……しの、ぶれど……駄目だ意味わかんない…」
「………そうか」
実はその和歌は、彼らが一年生のころに国語で習ったことがあるのだが。
長次は無表情のまま、後で小平太に国語の本でも薦めてやろうと思っていた。…読む確率は極めて低いのだが。
「ところでさ?」
小平太は急に、それまで本に向けていた目で長次を覗き込んだ。
「ちょうじ、最近大丈夫?」
「……?」
質問の意図が分からないことと、自分が何かしたのだろうかという考えから不覚にも長次は動揺してしまった。
どういう意味だと目で問う長次に、小平太は彼にしては少し困ったような様子で答える。
「いやなんとなくね、この頃長次元気ないかなーなんて。ほんとになんとなくなんだけど」
長次は今度こそ動揺を隠せず、知らず手にしていた本を閉じた。
が、幸か不幸か当の小平太はそんな長次に気づいていないらしく話し続ける。
「そしたらもんじまで「最近長次がおかしい気がする。ちょっとお前聞いてみてくれ」って。まったく、気になるなら自分で聞けつーの」
長次は内心でため息をついた。
一応自分なりに必死になって平静を装ってきたつもりだったが、それはどうやら身近な級友達を欺けるほどではなかったらしい。まだまだ自分も修行不足である。
それでも、二人が心配してくれたのは素直に嬉しかった。
「………すまない」
「え?」
「……心配かけて、すまない………大丈夫だ」
「そお?ならいーよ。変なこと聞いてごめんね」
「…いや……ありがとう」
小平太は笑った。
しかし長次は知っていた。小平太の瞳は欺けない。固められた論理では決してない、その嗅覚のような感覚的な鋭さ。
だから小平太には、長次が嘘をついたことがわかっているはずだ。それでも、長次がそう言うのなら今は聞くべきではないと。
その優しさに罪悪感を感じながら、改めて長次は声に出さず小平太と文次郎に謝罪と礼を言った。
その時外から、おーい体育委員会は召集だーという声が聞こえ、小平太は「あっ、いけね」と言い長次に挨拶してからどたどたと嵐のごとく走り去った。
図書室で走るなと縄標を投げたい所ではあるが、小平太があまりにも速かったので長次は諦めた。
そして図書室に残るのは長次と、本達。
長次は目を落とし、いつの間にか閉じてしまっていた本を開く。ぱらぱらと紙が擦れる音がした。
そして先程まで読んでいた頁を見る。
「……忍ぶれど…」
忍ぶれど色に出でにけり わが恋は
物や思ふと 人の問ふまで
恋する気持ちを隠していたが態度に出てしまったようだ、私の恋は。何か悩み事でもあるのかと、人が尋ねるほどに。
それでも───この想いはきっと叶わないから──
誰にも、誰にも気づかれぬようにと。
そう思い、長次はぎゅっと目を閉じた。
あとがき
一度書いてみたかった長次片思い。和歌は百人一首の40番、平兼盛の歌です。
訳の問題なんですが、「物や思う」の所で聞いている人物が作者が恋をしていることに気づいているかどうかが訳者によってなんだか微妙です…
つまり「恋でもしているのですか」、か「悩み事でもあるのですか」の違いです。なんだかその辺微妙みたいなのでこへともんじの気づき具合も微妙にしてみました?(こじつけ)
ちなみに自分設定ではこへは恋までは気づいてなくて、もんじは何となく気づいています。
お相手はお好きなようにどうぞ。