目が覚めると、世界は白かった。

それは初雪が降って外が真っ白になっているとかではなく、文字通り本当に視界が真っ白だったのである。

 

 

 

白い世界

 

 

 

 

「あ、目覚めた?」
「……ん…」

声の主が伊作だとわかり、長次はやっとここが学園の保健室であることを知る。
次に体を起こし目の辺りを触ってみると、何かが巻かれている。包帯だ。なるほどさっきから視界が真っ白なのはこれのせいらしい。
やっと状況を確認した所で、伊作の半ば呆れたような声が降ってきた。

「長次ってさぁ、意外に無茶するよね。今回は頭と右まぶただけで済んだけど…もう少しで眼球も危なかったよ?」
「…いや…すまない…」

伊作は忙しく手を動かしている。
長次はといえば、手当てをしてくれた張本人に注意されどうも申し訳ない気持ちになっていた。
歯切れ悪く長次が謝ると、伊作は可笑しそうに答えた。

「謝るなら小平太達が帰ってきてからにしてよ。今頃絶対心配してるから。二次災害が起きないか心配なくらいだよ」
「……実習…まだ続いているのか……」

気を失っていた時間はそう長くはなかったらしい。
そう長次が思った時、一陣の風が室内に舞い込んだ。知らず長次の首はその方へ向く。

 

小平太、文次郎、仙蔵。他の皆はまだ戦っているのだ。それを自分は理由はどうあれ抜けてしまった訳で───

「…行かせないよ?」

まるで思考を読んだような伊作の声。
しゅっという障子が閉まる音がした。風と音が消える。

「………左目は…」

無事だ。と言おうとするのを伊作が遮った。

 

「言うと思ったよ。…怪我は右目だけなのに、僕が何のために両目を隠したと思ってる?」
「……!」

 

 

──長次はそこで初めて理解した。

伊作は長次が目を覚ませば無理を押してでも行こうとするだろうことを予測して、わざと────


 

 

「あ、それとその包帯、自分で解こうとするとかなり大変な巻き方してるから。……大人しくじっとしててね」
「…………」

伊作はいつもの人の良さそうな顔で長次に近付く。しっかりと巻かれた包帯のせいで、長次がその表情を知ることは叶わないが。
そしてその声色が微妙に変わったことにも。
何も知らず長次は軽い敗北感に打ちひしがれていた。どうやら今日は伊作の言った通りじっとしている他なさそうだ。
そんな長次を気遣ってか、伊作が声を掛けた。

「みんななら、大丈夫だよ…」
「…ああ」

どうも今日はおかしい、と長次は思う。いつもなら表情が読みにくいと言われるのに、今日はまるで伊作に全て伝わってしまっているようだ。

それに伊作は何か怒っているような──

 

 

「長次は、優しいね」
「……?」
「怪我のこと。僕を、庇ったでしょ」

長次の反応に苛々したのか、伊作は語気を強めて言う。

「……すまない」
「謝って欲しいんじゃないよ」

伊作は長次の目の前で静かに怒っていた。
しかもそれが愛しい気持ちと居もしない相手への嫉妬心と結びついてどこか収集がつかない事態になっていることに、伊作自身も気づいていた。
ただ長次だけが、白い世界の中で何も知らなかった。

「…ねえ」
「?」
「もしあそこにいたのが僕じゃなくても、長次はそいつを庇った?」
「……?」
「答えて」

質問の意図がわからず、長次は一瞬困惑する。
しかしすぐに──見えない伊作をしっかりと見て──聞き返した。

「お前は…怪我をしたのが俺でなければ、助けないのか」
「…………」

伊作は最初から知っていた。
長次は優しい。誰にでも。それはそれは憎らしい程に。


「そうだね。助けるよ。僕は保健委員だからね」
「…伊作…?」
「でもこれだけは知っておいて。僕が今怒ってるのは、それは僕が保健委員だからでも君に庇ってもらったからでもない…」

 

伊作はそう言い捨てると長次の肩を掴み────包帯の上から眉間に唇を落とした。

 

「いさ、く…?」

 

何が起こったのか分からず長次は動揺する。当然だ、何も見えないのだから。
そんな長次に追い討ちをかけるかのごとく伊作は顔を離し、言った。

「好きだから」
「…………」
「意味、分かるよね?」

伊作は悪びれず告げる。
長次は白い世界の中で今の伊作の表情を想像した。笑っているのか、泣きそうなのか──それとも。

「僕はわかってるよ、長次が優しいってこと。僕はそんな君の周りの人の一人に過ぎないんでしょ?僕を庇ったのも──」
「…違う」
「違わないね。優しさの安売りって言うんだよ、そういうの。それでどれだけ僕が迷惑したとおも…」

「違う!!」

長次は叫んだ。泣きそうになっていた。

「……伊作は…違う」
「……」
「今日…気づいた。勝手に体が動いて……そんなこと今まで…なかった」

 

 

人の行動は見えるものだ。しかしその理由や本心を人が直接目にすることはない。
だからこの世界には、喜劇と悲劇が生まれる。

 


「ほんとに…?」

かすれた声だったが、長次はそれに応えゆっくりと頭を縦に振った。

「僕のこと好き?」
「…………」
「さっきの、嫌じゃなかった?」
「…………」

途端、伊作の声にいつもの余裕が戻る。
そして内緒話をする時のように長次に顔を近付け、何事かささやいた。

 

「じゃあ、××××××××××…いい?」
「!!?」

それを聞いた長次は顔を赤くし、伊作から少し身を引いた。
伊作はそんな長次の肩に優しく手を置く。

 

 

「怪我人は、大人しくしてるんだよ?」

その時の伊作の顔は多分、笑っていた。







 

 

 

 

 

 


あとがき

えーっと、まず伊作が軽く変態っぽい…。初書き伊長、気合入れて書いたら長くなってしまいました。なかなかまとめるの苦労しましたが楽しかったです。
伏字はご自由に想像して下さい(逃亡)しかし今思ったけど包帯巻かれてたら目開けられないんじゃ…(汗)
白い世界はこうしてできました。
伊長を考えていたら包帯目隠し長次が降ってきた→どうやってその状況を作ろうか?→伊作が監禁?→そんな伊作は変態だ→
目を怪我?→両目を怪我する必要があるのでいくらなんでも不自然→長次の行動を制限する大義名分はないか?→ドクターストップ。これだ!!
というわけで、伊作の変態化を防ぐことができました(笑)

梔子みのれさんのみ、よろしければお持ち帰りください。