月明り
座り込んでいると、全身が痛い。
遠くとも近くともつかない、獣の声。
「…つっ…」
夜の山に、花柄の服を着た事務員が一人。
裏山に手紙を届けに来た帰り、道に迷ってしまったのだ。
その上、暗い中「とにかく歩こう!」と考えて歩いたら、段差で足を滑らせて派手に転んでしまったのだった。
彼が学園を出てからはかなりの時間が経っていた。
「はぁ…ついてないなぁ…」
ため息をつきながら、空を見上げる。
「あ……」
それは、黄金のように輝く月。
「きれい……」
月の光は、小松田を奮い立たせた。
光があれば、月があれば…きっと大丈夫だ、と。
「…とにかく、歩かなきゃ…」
そうして立ち上がろうとして、できなかった。
「…うっ…」
転んだときに足を痛めたのだ。
動けない。
「くっ…ひっく…」
足が痛むからじゃない。
やっと捕まえた希望が逃げていくのが悔しくて。
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「ひっく…誰か…助けて」
「はい。小松田さん」
見上げた先には。
背中に月光を浴び、袈裟を風にはためかせた、
「伊作くん…」
「大丈夫ですか?」
座り込んだ小松田の高さまで体を落とし、片手で傘を上げながら伊作は尋ねた。
「う…うん。ところで伊作くん、なんでお坊さんの格好なの?」
「ああ、変姿の術の授業だったんですよ。…それより、足怪我してるでしょう。見せてください」
「うん…」
授業の途中で、小松田さんが裏山から帰ってこないという噂を聞き血相を変えて学園を抜け出す伊作の姿が小松田の目に浮かんだのかは不明だが。
「…これでいいでしょう。…さてとっ…」
「わわっ」
突然体が宙に浮き、伊作の顔が近づく。
小松田の体は膝と背中で支えられていた。
「さぁ、帰りますよ」
伊作はそのまま器用に小松田を背中に回す。
再び、二人の顔と体が急接近する。
「…ありがとう…伊作くん…」
「いえ…保健委員ですから」
「うん…」
ざっ ざっ ざっ ざっ
道を歩く。
不意に、小松田が話し出した。
「あのね…僕、伊作くんが来てくれた時ね…」
ざっ ざっ ざっ
「お月様が話しかけてきたのか…と思っ…た」
ざっ
すーすー。
「…寝ちゃいましたか」
すーすー。
答えない小松田に、伊作は薄く笑って告げる。
「…残念ながら、僕はお月様ほどきれいじゃあないんですよ。…あなたが怪我したことを…こんなに喜んでいるんですから」
すーすー。
「今だって…」
このまま、永遠に学園に辿り着かなければいいのに、と。
実際は、すぐに小松田を捜しに出ていた先生に見つかってしまうのだが。
あとがき
昔友人のリクエストに応えて書いたもの。伊作が無駄に坊主姿なのはリク内容に含まれていたからです(爆)
しかし自分が昔書いたものってなんだか最強に恥ずかしいかもしれないと思いました…。
ところで「へんしのじゅつ」で変換すると変死の術と出ます。どんなんだ。
伊作達を見つける先生は吉野先生希望(笑)