どうしてこうなったのか、もう一度考えてみようか。
火薬委員会の過失 前編
「おお、伊助、ここにいたか!」
「あ、何ですか土井先生?」
「今から委員会だろう?これを平助に渡しておいてくれないか?今から少し出掛けるんだ。大切なものだから無くさないようにな」
伊助はその紙切れを受け取った。何やら難しそうなことが書いてあるがかろうじて納品書という文字だけは読み取れた。
「はい、わかりました。…って何ですかこれ?ノウヒンショ?」
「何かと言われてもなあ…そもそも忍術学園は火薬の原料である硝石をシャムから輸入しているわけだが…で、……というわけで……だから……」
「???」
「…で、それがこれだ。わかったか?」
「はい、とってもよくわかりませんでした」
「……素直でよろしい…っ」
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久々知平助は、己の限界と戦っていた。
「ぜえ…はあ…」
「大丈夫ですか久々知先輩ーっ!?」
「顔色悪いですよ?もう休んだ方が…」
「いや…とりあえずこの確認を終わらせないと…ぜえ…はあ…」
なぜ久々知がボロボロになりながら委員会の仕事をしているかというと、それはつい先程実技の試験を終えたところだからなのだ。
試験と言っても五年生にもなると流石に普通の試験ではなく、何日も飲まず食わず眠らずの状態が続くような厳しい試験である。
その試験をようやく終えた五年生達は現在仮眠をとっているのだが、久々知は運悪く火薬委員会の仕事と試験終了が重なってしまったため、体力気力共に限界に近付きつつある体をひきずって仕事をしているというわけである。
「久々知せんぱ〜い、後はおれに任せてゆっくりしようよ!これ、ちゃんと片付けとくからさ!」
明るく言葉をかけるタカ丸に、久々知は虚ろな目で答えた。
「…………。いや…だめだ…」
「そんな〜!」
「先輩、後は僕がなんとかしますから。先輩は休んでて下さい」
「…………。そうか…じゃあ…」
その三郎次と久々知のやり取りを見て、タカ丸が少しむっとした表情になる。
「ちょっとー久々知先輩、なんでおれには「だめだ」で三郎次には「じゃあ」なわけ?」
「ん?あ…いや…」
「に、二回聞かれてその気になったんですよ。ね?久々知先輩」
「あ、ああ…」
言葉に詰まった久々知を伊助がつなぐ。が、どこか言葉がぎこちないのは気のせいか。
「じゃあ、先輩はもう長屋に戻って休んでくださいよ」
「みんな、悪いな…」
「おやすみ〜先輩〜」
「ゆっくり休んでください」
「ああ」
少しふらつきながら、久々知は長屋の方へと向かって行った。
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久々知が去った後、残された三人は各自で仕事を再開することとなった。
「ふう…」
壷を運びながら、タカ丸は先程の会話を思い出していた。
やっぱり、気のせいではなくて久々知は後を自分に任せるのを不安だと思ったのだろう。
「(……でもよく考えれば…おれなんて頼りなく思われて当然だよね。この間編入して来たんだから)」
並べた壷の数を数えていく。この作業にも大分慣れてきていた。
「(うん…でも…)」
しんどいのは嫌だけどもう少しがんばれたらいいなあ、とタカ丸はぼんやりと思った。
と、壷を数える手が止まる。
「……あ…あれっ?今いくつまで数えたっけ…」
それからしばらくして作業もあと少しで終わろうかという頃、伊助はふとあることを思い出した。
「ああーっ!」
「なんだよ伊助。大きな声出して」
「土井先生から久々知先輩に渡すように言われてた紙、渡すの忘れちゃった…」
久々知があまりに疲労していたので、そのことに気を取られた伊助は土井から頼まれたことをすっかり忘れていたのである。
「なになに〜?どんな紙?」
「これです」
伊助が広げた一枚の紙を三人で覗き込む。
「…納品書か」
「なんですかそれ?」
「うん、これはね〜忍術学園がこの商家からこの値段でいっぱい硝石を買ったよっていう紙だね」
「なるほどわかりやすい」
土井が聞いたらおそらく泣くであろう台詞である。とそれはともかく、この紙をどうするかが問題だ。
「うーん…今から久々知先輩を起こしに行って見せるのは…」
「さすがに悪い、よな」
「そーだね」
「じゃあ取りあえずここは置いといて、明日になってから渡しますか?」
「いいけど…急ぎの用事だったらどうするんだ?」
「あ、じゃあ土井先生に返しちゃうのは?」
「あ…だめです。先生今から出掛けるって言ってましたから…」
「誰かに聞いてみますか?」
「うーん…」
三人で考え込む。頼りの二人が両方とも不在なのである。ややあって、タカ丸が言い出した。
「もう一度これ読んでみない?おれ達でなんとかしてみようよ」
その後その納品書を三人がよく読み、また三郎次の記憶と照らし合わせてみた結果、タカ丸が先程言ったようにその納品書は硝石を買ったという証明書で、そこに書いてある数字と現在調べている在庫の量が合っていれば署名をして会計委員会に提出。合っていなければ急いで土井先生に問い合わせる、というものだった。
「これならそんなに急ぐことはないんじゃないですか?」
「いや…俺の記憶では確かこれって受け取ったらすぐに出さないと潮江先輩にすごく怒られる…はずだ」
「それは嫌ですね」
「イヤだね」
「ところで結局在庫とこの納品書に書いてある数字は合ったんですか?」
「ちょっと待っててね、多分…。……あ…あれ?なんで?」
計算をしていたタカ丸の顔色が変わる。
「どうしたんですか!?」
「……合わないんですか?」
「ええーっ!?ごめんちょっと待って、もう一回やってみる!」
しかし結果は同じ。それを見て三人は同時に同じ事を考えた。
「「(もしかして俺(僕)が壷の数を数え間違えたんじゃ…!?)」」
入荷数が間違っているよりもその方がよほど現実的だ。焦りを打ち消すかのようにタカ丸が声を上げる。
「も、もう一度、数えなおしてみよ!」
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「……すみません……」
犯人は、三郎次だった。
「もう気にしないでよ〜。とりあえずよかったじゃん!」
「はい…」
三郎次は恥ずかしかった。五年生の久々知には敵うべくもないが、一年生の伊助や編入生のタカ丸に比べれば火薬の知識もあるし経験もある。
慣れすぎた作業で油断していたせいもあるだろう。久々知のいない時には自分こそしっかりしなければと思い「後は僕がなんとかする」とまで言って任されたのに。
そんな三郎次を気遣ってか、伊助がことさら明るく話す。
「そうですよ。これで後は納品書の数字を見て計算すれば……」
伊助はそこであることに気づいた。
「………あの、納品書、持ってますか?」
「え?おれは持ってないよ?」
「俺も持ってないぞ」
「…………………」
「…………………」
「…………………」
「「ええええええーーーっ!?」」
納品書は、紛失していた。
あとがき
ええと後編に続きます。ちょっと結束してきたので少し苛めてみたくなりまして(笑)
最近火薬委員会が家族化してきてますね(笑)。土井先生→父 久々知→母 長男→三郎次 次男→タカ丸 三男→伊助で。
久々知は後輩に愛されてるんですよ。
それにしても、書いててなんだかちょっと怖い話でした。